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大阪高等裁判所 昭和48年(う)1263号 判決 1976年10月06日

主文

原判決中、昭和三八年一二月二八日付起訴状記載第四の事実につき被告人八木に無罪を言渡した部分を除くその余の部分を破棄する。

右で除外した部分につき検察官の控訴を棄却する。

被告人八木を罰金三万円に、被告人多名賀を罰金三万円に、被告人板東を罰金一万円にそれぞれ処する。

右罰金を完納することができないときは、金千円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用中

証人橋本道男、同増谷久三、同赤塚慶之助、同橋本梅男、同森上増太郎、同河野隆、同橋本二雄、同矢部淳、同沢井春見および同中島定義に支給した分(ただし、証人橋本二雄の分は第五〇回および第五三回各公判期日の当日に各出頭した分に限る)は、全部被告人八木の負担とし、

証人宮嶋祐次郎、同西出正太郎、同友田但馬、同田坂清および同武田博司に支給した分(ただし証人友田但馬に支給した分は第六九回公判期日の当日に出頭した分に限る)は、全部被告人多名賀の負担とし、

証人田尻昭、同松井栄三および同武市茂幸に支給した分は、全部被告人板東の負担とし、

証人夜久孝夫、同平岡繁三、同斉藤昭七、同海藤信義および同若松保に支給した分は、その二分の一ずつを被告人八木および被告人多名賀の負担とし、

証人友田但馬に支給した分(ただし第六八回公判期日の当日に出頭した分に限る)は、その二分の一ずつを被告人八木および被告人板東の負担とし、

証人橋本二雄および同斉藤弘己に支給した分(ただし証人橋本二雄に支給した分は第五五回公判期日の当日に出頭した分に限る)は、その三分の一ずつを被告人八木および被告人多名賀の負担とし、

証人麻植岩男に支給した分は、その四分の一ずつを被告人八木および被告人多名賀の負担とする。

理由

被告人三名に対する検察官の控訴趣意は大阪地方検察庁検察官竿山重良作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、被告人八木についての弁護人の控訴趣意は弁護人岡田義雄作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

(検察官の控訴趣意第二の一および二について)

論旨は、本件すべての公訴事実につき、要するに、「原判決は、昭和二三年大阪市条例第七七号行進及び集団示威運動に関する条例の規制目的および保護法益の何であるかを誤解し、同条例四条三項、五条の解釈を誤った結果、本件各公訴事実の訴因につき原判決が認定したところによれば当然右各条項を適用して各被告人を有罪とすべきであるのにもかかわらず、これを適用せず無罪としたものであって、原判決のこの法令の解釈、適用の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。」というのである。

所論の大阪市条例(本件市条例)は、「行進若しくは集団示威運動で、車馬又は徒歩で行列を行い、街路を占拠又は行進することによって、他人の個人的権利又は街路の使用を排除、若しくは妨害するに至るべきものは、公安委員会の許可を受けないで、これを行ってはならない。」(第一条)が、「公安委員会は、行進若しくは集団示威運動が、公共の安全に差迫った危険を及ぼすことが明かである場合の外は、これを許可しなければならない。」(第四条第一項)とするとともに、「第一項の許可には、群集の無秩序、又は暴行から一般公衆を保護するため、公安委員会が必要と認める適当な条件を附することができる。」(第四条第三項)とし、その第五条において「第一条の規定に違反して許可を受けない行進若しくは集団示威運動を指揮したもの、(中略)又は前条第三項の規定に基き公安委員会が附した条件に従わないものは、一年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。」と定めている。

そして、本件各公訴事実における各集団示威行進につき大阪府公安委員会が許可に付けた条件のうち訴因に関係するものが、「行進は平穏に秩序正しく行ない、ジグザグ行進、渦巻行進、おそ足行進やことさらな停滞、座り込みあるいはいわゆるフランス式デモなど、一般公衆に対し、迷惑を及ぼすような行為をしないこと」あるいは「行進中旗竿、プラカードなどを支えにしてスクラムを組み、またはこれらを隊列外で振りまわすなど、一般公衆に対し危険を及ぼすような行為をしないこと」であったことは証拠上明らかであり、被告人らは、いずれも当該集団示威行進に参加したが同行進の途上道路上において、その余の参加者とともにジグザグ行進を行ない、もしくはその余の参加者を指導してこれをすわり込ませ、あるいは、その余の参加者とともに竹ざおを支えにしてスクラムを組んで行進し、もしくはその余の参加者に竹ざおを手渡しこれを横に支えにしてスクラムを組ませ、自らもその竹ざおを握りデモ隊を誘導して行進したものであるとされ、右のように「ジグザグ行進をし」、「坐り込みをし」、あるいは「行進中竹ざおを支えにしてスクラムを組みもしくは組ませ」た点において公安委員会の付けた前記条件に従わなかったものであるとして起訴されているのである。

これに対し原判決は、「本条例が道路交通秩序を保護法益とすることは、地方自治法一四条一項の趣旨に反して無効であり、結局、同条例の保護法益は、道路交通秩序を除いた一般公衆の生命、身体、自由または財産(以下これを公共の安全という)に限定されることになる。」としたうえ、「したがって、条例四条三項は、集団の無秩序により公共の安全に差し迫った危険を及ぼすことを防止するために必要にして適当な内容の条件を付することができることを定めた規定であり、公安委員会はそのような公共の安全に差し迫った危険を及ぼすような行為に限ってこれを禁止することができる。」「げんに公安委員会が付した条件の意味もその線に沿って解釈すべきであり、たとえば「ジグザグ行進をしないこと」という条件は、公共の安全に差し迫った危険を及ぼすようなジグザグ行進を禁止するもので、その限度でのみ効力を有すると解される。」「また、条件違反を理由に条例五条を適用するについては、現実に公共の安全に危険を及ぼしたことが要件となり、仮に形式的には条件に反する行為をしたとしても、右の危険が発生しなかったときは同条によって処罰することができない。」としているのである。

しかしながら、

(1)  本条例は、たんに道路交通秩序の維持にとどまらず、地方公共の安全と秩序の維持を目的とするものであって、四条三項による条件も、集団示威行進等の参加者の無秩序または暴行から一般公衆を保護するために付けられるのであり、したがって右条件によって禁止、制限される行為は一般公衆に対する危害に発展する行為に限られると解されるのであるが、右条件の付与は、公衆に対する危害が切迫する場合すなわち地方公共の安全に差し迫った危険を及ぼすことが明らかな場合に限られることなく、公衆に対する危害の発生を予防する見地から、公衆に対する危害に発展する可能性のある行為をその可能性の段階で制限し、禁止するためにも許される趣旨であると解されること

(2)  したがって、

イ、ある条件を付けることが集団示威行進等の参加者の無秩序または暴行に基因する一般公衆に対する危害の発生を予防する見地からして合理的、合目的的であり、

ロ、集団示威行進等の参加者にその条件の遵守を求めても、集団行動による思想の表現それ自体を事実上制約する結果となるなど、思想表現行為としての集団行動の本質的な意義と価値を失なわしめるものではなく、あるいは、行進途上で派生する思想表現の方法を一部制限する場合においては、その制限が他の社会的諸利益との調和上やむを得ないと考えられ、

ハ、ことにその条件の内容が直接的には道路交通秩序の維持に関するものであるときは、正常な集団示威行進等に通常伴うであろう交通秩序阻害の程度を超えたことさらな交通秩序阻害行為の避止を命じるものである

場合においては、本条例は、公安委員会がその適切な裁量によってかかる条件を付けることを許容し、かつ、その条件違反の形態がいまだ一般公衆に対する危害の発生を現実化させておらず、地方公共の安全と秩序に危険を及ぼしていない場合においても、ことにその条件の内容が道路交通秩序の維持に関するものであるときには条件違反の形態がいまだ道路交通秩序阻害の段階にとどまる場合においても、これら条件違反の所為をもってただちに五条該当の犯罪として取締まる趣旨であると解されること

(3)  本条例の趣旨を以上のように解し、そのとおり運用されることを是認しても、憲法に保障されている表現の自由を不当に制限することにはならないし、地方自治法、道路交通法その他憲法を頂点とする我国実定法秩序に抵触するとは考えられないこと

(4)  本件で問題とされる前記のごとき諸条件ことに「ジグザグ行進をしないこと」、「坐り込みをしないこと」、「行進中旗ざお、プラカードなどを支えにしてスクラムを組まないこと」等の条件は、本条例が公安委員会に条件を付けることを許容している前記(2)のごとき範囲内のものであると言えること

等の諸点にかんがみると、原判決の前記のごとき見解はこれをとることができないのであって、げんに付けられたこれらの諸条件につき、「公衆に対する危害を切迫させるような」とか、「公共の安全に差し迫った危険を及ぼすような」とかという実質的制限が伴っていると解する必要はなく、右のような現実の事態が発生したか否かを問うことなしに、形式的に右諸条件に違反する所為があれば、ただちに本条例五条の罰則が適用されるものと言わなければならない。すなわち原判決は本条例ことにその四条三項、五条の解釈を誤ったものである。

そして、本件公訴事実中、昭和三八年一二月二八日付起訴状記載第四の事実を除くその余の各事実の訴因につき原判決が証拠で認定したところによれば、当該被告人らの各所為はいずれも公安委員会が付けた前記のごとき条件に違反することが明らかであり、それにもかかわらず原判決は、右のごとき解釈の誤りからこれに本条例五条を適用することなく被告人らを無罪としたものであるから、この解釈適用の誤りは、右第四の事実を除くその余の各公訴事実につき判決に影響を及ぼすことが明らかである。

右で除外された昭和三八年一二月二八日付起訴状記載第四の公訴事実につきさらに検討するに、同公訴事実の訴因は、「被告人八木は、昭和三七年一〇月三一日、大阪市立大学全学自治会主催のもとに(中略)行われた集団示威行進に同大学学生約一六〇名とともに参加したものであるが、右行進には大阪府公安委員会から行進中旗ざおなどを支えにしてスクラムを組まないことなどの許可条件が付されていたにもかかわらず、右条件に違反して、(中略)右行進隊列先頭において、ほか四名とともに長さ約二・六メートルの竹ざおを支えにしてスクラムを組んで行進し、もって大阪府公安委員会が付した前記許可条件に従わなかった」というのであるが、原判決は、被告人八木らが「竹ざおを支えにしてスクラムを組んだ」事実を認定しておらず、原審証拠および当審における事実調べの結果によってもそのような事実は認められない。もっとも、原判示にもあるとおり、「被告人八木が五列ないし七列ぐらいの縦隊で道路を行進するさい、先頭隊列にあって他の四名とともに竹ざお一本を横に構え、これを支えにして行進した事実」すなわち、被告人八木を含む隊列先頭の五名の者が竹ざお一本を横に構え、それぞれが両腕を前方に出した姿勢でその竹竿を握持して行進した事実は認められるが、同人らは肩、腕等その身体の一部を用いて互の身体を組合わせることはしておらず、そのままの姿勢で竹ざおさえ取去れば互の身体はばらばらになる状態にあったのである。

このような場合であっても、群衆の無秩序または暴行から一般公衆を保護する見地からの規制対象としての性質の点では、腕を組合わせることにより身体でスクラムを組んだと言える姿勢で横に構えた竹ざおを握持することと比べ、ほとんど変らないものがあると思料されるのであるが、

イ、「スクラムを組む」との用語は、個々の集団示威行進の許可にさいして公安委員会により付けられた条件の中に用いられている言葉であって、仮に一般の用法と多少異なった場合でも解釈上特定の意味を持つことがあり得る法令中の用語ではないこと

ロ、したがって、その意味するところは、一般市民間におけるその用語自体の日常的な用法に従い、平易に解釈すべきであること

ハ、しかるに、「スクラムを組む」と言えば、その日常的な用法によるとき、二人以上の者が肩、腕等その身体の一部を用い互の身体を組合わせることを意味するととるのが平易な理解であると考えられ、集団示威行進等にさいし二人以上の者が、右のように互の身体を組合わせることのないまま、ただ竹ざおその他の物を持つことによって隊伍、隊列を補強、強化することを指して、一般に「スクラムを組む」と呼んでいるものとは、考えがたいこと

ニ、隊伍を組んでいる二人以上の者が集団示威行進等にさいし互にその身体を組み合わせたうえ、なおかつ竹ざお等を横に構えて支えにするということが、物理的に不可能であるとか実際上あり得ないことであれば別と言い得るかもしれないが、たとえば、昭和三九年八月二日に行なわれた、本件昭和三九年一〇月二九日付起訴状の公訴事実にある集団示威行進にさいしては、げんにある梯団の隊列の先頭の数名の者が、互に腕を組み合わせスクラムを組んだと言える状態のもとになおかつ竹ざおを横に構えこれを支えにして行進していることが証拠上明らかであること

ホ、隊伍を組んでいる二人以上のものが行進にさいし互にその身体そのものを組合わせることなく竹ざお等を横に構えて支えにしその隊伍を強化することを、竹ざお等を「支えにしてスクラムを組む」という言葉を用いる以外に簡潔に表現することが困難であるとすれば別と言い得るかもしれないが、「スクラムを組む」を「隊伍を組む」と言い換えることによって容易に右状態を呼称することができるのであり、公刊された裁判例集中の裁判例を見ることによっても、集団示威行進の許可にさいし旗ざお等を支えにして(または利用して)「隊伍を組まない」こととの条件の付けられている事例のままあることを知ることができること

ヘ、要するに、前認定のごとく身体そのものを組合わせていない姿勢のままで竹ざおを横に構えてこれを支えにし隊伍を強化している状態を指して、竹ざお等を「支えにしてスクラムを組まない」こととの条件に違反しているとしてこれを規制しようとすれば、集団示威行進等の参加者の側から「自分たちはスクラムを組んでいない」という反論の起きることが当然予想され、この反論はけっして不合理であるとは言えず、もし右のごとき状態をも禁止の対象としたければ、右行進等の参加者にとり何が禁止されているのかをわかりやすくするためにも、「スクラムを組む」という言葉に代えて「隊伍を組む」という言葉を用いることが求められること

の諸点に照らすと、「竹ざおを支えにしてスクラムを組む」とは、身体でスクラムを組むにあたり竹ざおを支えに利用することと解するのが相当であり、肩、腕等身体の一部を用い互の身体を組合わせている事実のない以上これには該当しないと言わなければならない。

このように、同公訴事実については、訴因に掲げられている条件違反の事実そのものが認められないのであるから、原判決の前記のごとき条例解釈の誤りは判決に影響を及ぼさない。

結局、論旨は、昭和三八年一二月二八日付起訴状記載第四の事実を除くその余の公訴事実については理由があるが、右第四の公訴事実については理由がない。

(検察官の控訴趣意第二の三の4について)

論旨は、前記控訴趣意が理由なしとされた昭和三八年一二月二八日付起訴状記載第四の公訴事実につき、要するに、「本条例につきかりに原判決のような法令解釈を容認するとしても、証拠上認められる諸般の情況からすれば、被告人八木の許可条件違反の所為は公共の安全に差し迫った危険を及ぼすような状態に達しており、具体的危険が発生していたと言えるのである。しかるに原判決は公共の安全に対する危険はほとんどなかった旨判示し、右所為に本条例五条を適用しなかったものであり、そこには事実の評価を誤り、事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤った違法がある。」と主張するのである。しかしながら、本条例につき原判決のごとき解釈のとり得ないことはすでに判示したとおりであり、またすでに述べたように、同公訴事実については訴因に掲げられている条件違反の事実そのものが認められないのであるから、論旨は前提を失い、あるいは前提を欠き、失当である。

(弁護人の控訴趣意一について)

論旨は、被告人八木が原判決で有罪とされた道路交通法違反の点につき、要するに、「道路において交通の妨害となるような方法ですわったという原判示の所為は、道路における集団示威行進中のできごとであり、集団示威行進そのものは憲法二一条により表現の自由として保障されているのであるから、その所為が道路使用の単純な排除、妨害にとどまるかぎり、すなわち公共の安全に対する危険の発生をもたらしていないかぎり、これに対し道路交通法の罰則を適用して有罪とすることはできない。このことは、右のごとき所為に対し本件市条例を適用して有罪とすることが許されないのと同様である。そして、右判示のすわりの所為により公共の安全に対する危険の発生しなかったことは原判示のとおりであるから、原判決にはこの点において判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈、適用の誤りがある。」というのである。

集団示威行進そのものは、事前における届出制や許可制にともなう制約を受けることは別として、本来、公共の安全に差し迫った危険を及ぼすことが明らかでないかぎり、すでに社会に定着した思想表現方法の一形態として憲法でその自由が保障されていると解するのが相当である。もっとも、それが道路において行なわれるときは、それは社会の一員としての道路の使用でありあるいは道路における通行であるから、その実施にあたっては、集団としてもまた個々の参加者としても、道路交通法が道路交通秩序維持の見地から定めた諸種の約束ごとを守らなければならないのは当然のことである。しかしまた、道路における集団示威行進は、それが正常に行なわれる場合においても、他の公衆の道路使用を排除しあるいは妨害するなど、ある程度必然的に道路交通秩序に障害をもたらすことになる性質のものであるから、同行進が適法に行なわれている以上、その集団としての行動により、正常な集団示威行進に通常伴うであろう程度を超えない交通秩序の阻害があっても、社会はこれを受忍し認容しなければならないのであって、同行進がこのように適法にかつ正常に行なわれている以上、その正常な形態の内部において、個々の参加者により、道路交通法上の定めに背反する行為が参加者としての立場上当然に、あるいはその場での成行上たまたま自然に行なわれたとしても、それによって生ずべき交通秩序阻害の態様と程度が、集団行動によって生じ右のように社会的に受忍され認容されるべき阻害の範囲を超えることなく、集団行動への参加を前提とするかぎり当該参加者の任意の意思によってこれを排除することができないものであるときは、その行為に対し同法を適用して刑罰を科することは許されないと考えられる。

しかしながら、正常な集団示威行進に通常伴うであろう程度を超えたことさらな交通秩序阻害の行為は、たとえそれが思想表現の一方法として派生的に行なわれる場合であっても、集団行動としてのものであれ、個々の参加者としてのものであれ、これを禁止し、これに刑罰を科することになっても、憲法上保障されている表現の自由を不当に制限することにはならないと解されるのであって、その行為が道路交通法所定の構成要件に該当するときは、公共の安全に対する危険が発生したか否かを問うまでもなく、同法によって処罰の対象となるといわなければならない。この場合、たまたま同じ行為が地方公共の安全と秩序の維持を目的とする本件市条例により条件違反の罪として処罰の対象とされるかどうかは別個の問題であって、もし右条件違反の罪としても処罰されるというのであれば、道路交通法違反の罪はこれと一所為数法の関係で成立するものと考えられる。

ところで、後記のごとき事実の経過に照らすとき、当該集団示威行進に参加した被告人八木を含む大阪市立大学学生約一四〇名の者は、同行進の途上にあったとはいえ、同被告人の指導のもとに、すわり込みをすること自体に意義を認め、これを目的とすることさらの意図のもとに、共謀のうえ、わざわざ車道上にすわり込みを行ったものであり、それは正常な集団示威行進に通常伴うであろう程度の交通秩序阻害の行為とはけっしていえず、右程度を超えることさらな交通秩序阻害の行為であることが明らかであるから、そのときの同被告人の行為が道路交通法七六条四項二号、一二〇条一項九号の構成要件に該当するとされる以上、右すわり込みによって公共の危険が発生したか否かを問うまでもなく、右法条を適用して同被告人を処罰することは誤りではない。

したがって、原判決には所論のような法令解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

(弁護人の控訴趣意二について)

論旨は、被告人八木が有罪とされた原判示の公訴事実に関し、要するに、「原判決は、同被告人の所為が正当防衛または緊急避難もしくは超法規的緊急避難に該当し無罪であるとの弁護人および同被告人の主張を排斥しているが、この点の原判決の判断は事実誤認によるものであり、違法、不当である。」というのである。

原審で取調べられた関係各証拠を総合すると、

1  原判示の当該集団示威行進には、本件市条例にもとづき、大阪府公安委員会から

イ、行進は平穏に秩序正しく行ない、ジグザグ行進、渦巻行進、おそ足行進やことさらな停滞、坐り込みあるいはいわゆるフランス式デモなど、一般公衆に対し迷惑を及ぼすような行為をしないこと

ロ、こん棒、竹棒、石などを携帯して参加しないこと

ハ、行進経路を変更しないこと

等の条件がつけられていたこと

2  また、道路交通法七七条一項四号、昭和三五年大阪府公安委員会規則第九号大阪府道路交通規則一五条三号により、道路において集団行進をしようとするときは警察署長の許可を要するとされているが、本件集団示威行進については、同法同条三項にもとづき、その許可にさいし、大阪府東警察署長から、

イ、行進経路を変更しないこと

ロ、経路中、谷町二丁目交差点から北浜二丁目交差点まで(注、経路上この中間に原判示の天満橋交差点があり、同交差点を南から西へ左折することになる)は、車道の左側端によって行進すること

等の条件がつけられていたこと

3  しかるに、行進に参加した大阪市立大学学生約一四〇名の梯団は、出発地付近である大阪府庁前から原判示の天満橋交差点南入口付近に至るまでの間において、多名賀哲也および細見茂行らの指導のもとに、最初のころは隊列先頭数名の者において竹ざおを横に構え、間もなくその竹ざおを警察官によって取上げられてからはこれを用いることなく、交差点その他の道路上において何回もジグザグ行進をくり返し、そのつど警察官から条件違反であるからやめるように警告を受けてきたこと、

4  右梯団はこうしてしばしばジグザグ行進をくり返して市内交通の要所であり、げんにその東西南北ともに交通のひんぱんな天満橋交差点南入口に達し、ここで(車道左端寄りで)一時停止して隊列をととのえたが、そのころ誰かが持って来た太い竹ざおを多名賀が受取って横に倒し、隊列先頭の数名の者にこれを握持させて構えさせ、その直後に同梯団は、隊列先頭部にいる多名賀と細見の指導のもとに、またもやジグザグ行進を開始し、かつ同交差点は左小廻りすべきであるのに、交差点中心の方に向って進行して行ったこと

5  このとき同交差点の東北角に待機していた警察機動隊員が出動し、ジグザグ行進でその先頭が交差点中心付近にまで達していた同梯団の隊列を、先頭が西へ向って左折するように規制しながら交差点南西角の方に向って押して行き、その勢でそのまま同梯団の全員を交差点南西角からやや西方にかけての歩道上にまで押し上げてしまったこと

6  このように規制を受けながら同梯団の隊列が押されて行く間に、警察官は隊列先頭数名の者が握持していた前記竹ざおを取上げたばかりでなく、本件市条例違反の現行犯人であるとして前記多名賀および細見の逮捕に着手し、隊列の先頭部が同交差点西入口付近に達したころには両名の逮捕を完了し、すばやく両名を他へ連行して行ったこと

7  同梯団の全員をいったん歩道上にまで押し上げた機動隊員はすぐに規制を解いたので、同梯団員は再び同交差点西入口付近の車道におりて隊列をととのえたが、このとき被告人八木は、以上のような機動隊員による規制と、多名賀、細見の両名が逮捕されたこととに対し抗議の意思を表明すべく、その手段として一時行進を中止し同梯団員の全員でその場へのすわり込みをしようと考え、梯団員にその意図を伝えるとともに自ら梯団員を指導し、ほぼその全員をして、同所の巾約一六、七メートルの車道(東西に通じる)のうち道路中央にある市電軌道敷の南端から南側歩道との間の西行車道上いっぱいに交通の妨害するような方法で二、三分間すわらせ、すわり込みを行ったこと

以上のことが認められ(ことに、このうち天満橋交差点で機動隊員による規制前にすでにジグザグ行進を開始していたことは、原判決が有罪事実の証拠として掲げる一六ミリフィルムによって明らかである)、被告人八木の原審公判廷での供述のうちこれに反する部分は措信できない。

所論は「多名賀、細見の両名が警察官によって逮捕されたのはデモ隊が交差点に進行し始める直前のことであって、交差点に進入したさいではない」と主張するが、この主張にそうような証拠はなく、この所論の誤りであることは明らかである。

右によれば、被告人八木の所為は、原判決が有罪とした道路交通法七六条四項二号、一二〇条一項九号ばかりでなく、同時に本件市条例四条三項、五条所定の条件違反の罪に該当することが明らかであるが、以上の事実によって考えるに

1  大阪市立大学学生梯団の隊列が天満橋交差点内に進入して行進したおり、多名賀と細見とが現に本件市条例違反および道路交通法違反の罪を行っていることが明らかであって、同人らが右市条例違反の現行犯人として逮捕されたことはやむを得ないこととみることができ、この各逮捕をもって違法、不当とはいえないから、この逮捕行為に対する正当防衛はあり得ない。

2  機動隊が交差点内における行進形態を規制しようとしたこと自体は正当視し得るが、その隊列を歩道上にまで押し上げたことは行き過ぎと考えられる。しかし、いったん歩道上に押し上げたのちすぐに規制を解き、同梯団員は再び車道上において隊列をととのえるなど集団示威行進の自由を回復しているのであるから、その後の時点では右自由に対する急迫不正の侵害はなく、この点からも正当防衛はあり得ない。

3  同交差点における機動隊による規制および隊列を指揮していた多名賀外一名の逮捕により、残されたその余の梯団員にとっての保護されるべき集団示威行進の自由に有形無形の危難が生じ、その一部(たとえば参加者それぞれの気勢が挫圧された状態)がすわり込み開始の時点でなお残っていたとしても、その危難は当該集団示威行進にさいしての隊列全体としての違法行為に由来するところが大きいことをあわせ考えると、道路交通法による禁止を犯し、公安委員会が付けた条件に違反して、本件のごとくことさらに交通ひんぱんな道路の車道上にすわり込みを行なうことを、右危難を避けるための(たとえば気勢を回復するための)やむを得ない相当の行為であるとして是認することはできない。

4  機動隊による規制および多名賀外一名の逮捕に対し抗議の意思を表明すること自体は自由であり、被告人らが行なったすわり込みは、一面、その前後における集団示威行進とは別個のその場における一種の思想表現行為であるととらえることもできるが、本件のごときすわり込みというそれ自体違法なことさらの交通秩序阻害の行為を右表現の方法として用いることは、表現の自由として保護するにいたらず、これを正当視することはできない。

所論にかんがみ検討したところは以上のとおりであって、これによれば、原判決が正当防衛または緊急避難あるいは超法規的緊急避難であるとの主張を排斥したのは正当であって(なおこのことは、被告人八木の所為の本件市条例違反の面についても妥当する)、そこには判決に影響を及ぼす事実誤認その他所論のごとき違法、不当はなく、論旨は理由がない。

(結論)

本件各公訴事実中昭和三八年一二月二八日付起訴状記載第四の事実を除くその余の各事実(この中には被告人八木が原判決で有罪とされた点も含まれる)については、検察官の控訴が理由がある(右有罪部分についての同被告人および弁護人の控訴は理由がないが)から、刑訴法三八〇条、三九七条一項により原判決中これらの各事実に関する部分を破棄し、右で除かれた第四の公訴事実については、検察官の控訴は理由がないから、刑訴法三九六条によりこれを棄却し、右破棄にかかる部分につき、同法四〇〇条但書にしたがいさらに次のとおり自判する。

(罪となるべき事実)

第一、被告人八木は、昭和三七年一一月三〇日大阪府学生自治会連合(以下府学連と略称する)主催のもとに大学管理制度改悪反対を標ぼうし、大阪市北区南扇町二番地扇町公園南出入口前から同区神山町五九番地太融寺交差点、同区梅ヶ枝町一一六番地梅ヶ枝町交差点、同区中之島一丁目三一番地鉾流橋南詰交差点等を経て同区梅田町無番地大阪中央郵便局前に向って行なわれた集団示威行進に、大阪市立大学(以下大阪市大と略称する)の学生約五〇〇名とともに参加したものであるが、大阪府公安委員会による同行進の許可には「ジグザグ行進をしないこと」との条件が付されていたにもかかわらず、同日午後四時五分過ぎごろ同区南扇町七番地大阪市水道局前付近から同町八番地関西電力株式会社扇町営業所前付近に至る間の車道上で、同四時三〇分過ぎごろ右梅ヶ枝町交差点の車道上で、同四時五〇分過ぎごろ同区中之島一丁目所在中之島中央公会堂北側から同一丁目二九番地大阪府立図書館北側付近までの車道上で、いずれも右大阪市大学生約五〇〇名とともにジグザグ行進を行い、もって大阪府公安委員会が付した前記条件に従わず、

第二、被告人八木および被告人多名賀は、昭和三八年五月三一日府学連主催のもとに原子力潜水艦寄港反対、ポポロ劇団事件判決抗議を標ぼうして、大阪市東区大手前之町二番地国民会館前付近から同町二番地大阪府庁前、同区谷町二丁目一〇番地谷町二丁目交差点、同区京橋一丁目六番地天満橋交差点、同区北浜二丁目一番地北浜二丁目交差点等を経て前第一記載の大阪中央郵便局前付近に向って行なわれた集団示威行進に、大阪市大の学生約一四〇名とともに参加したものであるが、大阪府公安委員会による同行進の許可には「ジグザグ行進をしないこと」「坐り込みをしないこと」との条件が付されていたにもかかわらず、

(一)  被告人八木は、同日午後四時四〇分過ぎごろ右大阪府庁前付近の車道上で右大阪市大学生約一四〇名とともにジグザグ行進を行ない、続いて同五時一〇分過ぎごろ右天満橋交差点西側入口付近の交通ひんぱんな車道上で、右大阪市大学生約一四〇名を指導して、被告人と意思を通じた同学生らをして交通の妨害となるような方法で同所にすわらせてすわり込みを行ない、もって、大阪府公安委員会が付した前記条件に従わなかったとともに、右すわり込みの現場で右学生約一四〇名と共謀のうえ道路において交通の妨害となるような方法ですわり、

(二)  被告人多名賀は、同日午後四時四〇分過ぎごろ右大阪府庁前付近の車道上で、同四時五〇分過ぎごろ右谷町二丁目交差点からその北方約一〇〇メートルの地点までの車道上で、いずれも右大阪市大学生約一四〇名とともにジグザグ行進を行い、もって大阪府公安委員会が付した前記条件に従わず、

第三、被告人多名賀は、昭和三八年六月二五日総評大阪地評中央地協等主催のもとに原子力潜水艦寄港阻止、F一〇五日本配備反対等を標ぼうし、前第一記載の扇町公園南出入口付近から同記載の太融寺交差点、同記載の梅ヶ枝町交差点、大阪市北区曽根崎上二丁目四一番地梅田新道交差点等を経て同記載の大阪中央郵便局前に向かって行なわれた集団示威行進に、大阪市大の学生一〇〇名ないし一五〇名ぐらいとともに参加したものであるが、大阪府公安委員会による同行進の許可には「ジグザグ行進をしないこと」との条件が付せられていたにかかわらず、同日午後七時一八分過ぎごろ前第一記載の大阪市水道局前付近からその西方約一〇〇メートルの地点までの車道上で、同七時四六分過ぎごろ右梅田新道交差点の車道上で、いずれも右大阪市大学生一〇〇名ないし一五〇名とともにジグザグ行進を行ない、もって大阪府公安委員会が付した前記条件に従わず、

第四、被告人八木および被告人板東は、昭和三九年四月一六日全大阪青年婦人学生共闘会議主催のもとに日韓会談粉砕等を標ぼうし、前第一記載の扇町公園南出入口付近から同記載の太融寺交差点、同記載の梅ヶ枝町交差点、前第三記載の梅田新道交差点、大阪市北区曽根崎新地二丁目二五番地先桜橋交差点等を経て同区曽根崎新地三丁目二四番地先新出入橋に向って行なわれた集団示威行進に参加したものであるが、大阪府公安委員会による同行進の許可には「ジグザグ行進をしないこと」との条件が付せられていたにかかわらず、

(一)  被告人八木は、同日午後七時三六分過ぎごろ右梅ヶ枝町交差点からその西方約一五〇メートルの地点までの車道上で、同七時四八分過ぎごろ右梅田新道交差点の車道上で、いずれも同行進に参加していた府学連さん下の学生二〇〇名ないし二五〇名とともにジグザグ行進を行ない、もって大阪府公安委員会が付した前記条件に従わず、

(二)  被告人板東は、同日午後七時四八分過ぎごろ右梅田新道交差点の車道上で、同八時過ぎごろ右桜橋交差点の車道で、いずれも同行進に参加していた社青同員約七〇名とともにジグザグ行進を行い、もって大阪府公安委員会が付した前記条件に従わず、

第五、被告人多名賀は、昭和三九年八月二日全国労働者学生集会実行委員会主催のもとに日韓会談粉砕、改憲阻止、反戦等を標ぼうし、大阪市東区大手前之町大手前公園北出口から同区谷町一丁目二三番地の一先谷町一丁目交差点、前第二記載の天満橋交差点、同記載の北浜二丁目交差点、同区北浜二丁目八〇番地の一先難波橋等を経て同区中之島一丁目二九番地の中之島公園に向って行なわれた集団示威行進に、大阪市大の学生ら約七〇〇名とともに参加したものであるが、大阪府公安委員会による同行進の許可には「行進中旗ざおなどを支えにしてスクラムを組むなど、一般公衆に対し危険を及ぼすような行為をしないこと」との条件が付されていたにもかかわらず、同日午後六時四〇分過ぎごろ右北浜二丁目交差点に至るや、右大阪市大学生による約二五〇名の第一梯団の隊列先頭六名の者に所携の竹ざお一本を手渡し、その竹ざおを横に支えにしてスクラムを組ませ、これに対面して自らもその竹ざおを握り、同隊列を誘導しながら右難波橋上に至るまで約五〇メートルの間行進し、もって、大阪府公安委員会が付した前記条件に従わなかったものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

判示第一、第二の(二)、第三、第四の(一)、(二)および第五の各所為ならびに判示第二の(一)の所為中大阪府公安委員が付した条件に違反した点はそれぞれ昭和二三年大阪市条例第七七号行進及び集団示威運動に関する条例四条三項、五条(罰金刑の寡額は、刑法六条、一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)に該当し、判示第二の(一)の所為中共謀のうえ道路において交通の妨害となるような方法ですわった点は道路交通法七六条四項二号、一二〇条一項九号(罰金刑の寡額については前と同じ)、刑法六〇条に該当するが、第二の(一)の右市条例違反の点と道路交通法違反の点とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により重い右市条例違反の罪の刑で処断し、以上の各罪ごとに所定刑中罰金刑を選択する。被告人板東については第四の(二)の罪の罰金刑の金額範囲内で同被告人を罰金一万円に処し、被告人八木については第一、第二の(一)、第四の(一)の各罪が刑法四五条前段の併合罪であり、被告人多名賀については第二の(二)、第三、第五の各罪が刑法四五条前段の併合罪であるから、それぞれにつき刑法四八条二項に従って各罪の罰金額を合算し、その各合算額の範囲内で両被告人をそれぞれ罰金三万円に処し、刑法一八条により、各被告人とも各自の右罰金を完納することができないときは金千円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとする。なお、刑訴法一八一条一項本文を適用して、原審および当審における訴訟費用中原審におけるものの一部を主文末項のとおり各被告人に負担させる。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 戸田勝 裁判官 梨岡輝彦 岡本健)

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